■蒸し暑さに耐えかね、家じゅうの窓戸を開け放し縁側に扇風機を置いてゴロゴロしていると玄関の電話が鳴る。
「どうせゴロゴロしてたんでしょう」
自転車に乗って小学校の校門に向かうと麦藁帽子を被った彼女が立っている。手にしたもうひとつの麦藁帽子を振っている。
「やっぱり。日射病って知ってる?」といって麦藁帽子を頭にのせられる。
帽子の影の下、彼女の白い歯がまぶしい。
無人の校庭を横ぎり、プールに向かう。
「日曜だっていうのに、ガキどもの姿が無いな」
「この暑さだし。チビどもはお昼の素麺でも食べて、お昼寝してるんじゃないかしら」
彼女が板切れにぶら下げられたたくさんの鍵からひとつを選び出し、プールへの扉にかけられた大きな南京錠を開ける。
「あちっ。ほら、扉もカギもすごく熱くなってる」
ゴム草履のまま中に入り、右手に更衣室、消毒槽をまたいで、アーチ状になった小さなコンクリート製の階段をのぼると青空の下にプール。
排水口がうなりをあげて、残りわずかな緑暗色の水を吸い込んでいる。
「二時間くらいまえから水を抜いてたんだけど、さすがに時間かかるのね」
ふりかえると、彼女が擦り切れたデッキブラシを放ってよこす。
「で?」
おれはデッキブラシを小脇に抱えたまま、半ズボンからタバコを取り出しライターで火をつける。
水しぶきがおれの顔面を襲う。吹きとんだタバコが浅い水面に落ちる。
「ゴシゴシとこするのよ。ピカピカになるまで、ゴシゴシ」
握ったホースからどぼどぼと水をほとばしらせながら、彼女が言う。
「あのときみたいに?」
水圧でずれてしまった麦藁帽子を元に戻しながら、おれが言う。
「あのときみたいによ」
彼女はホースを放り出すと自分のジャージのポケットからタバコを取り出し、火をつけてにやりと笑う。
作業をやりだすと夢中になってしまうもので、ふたりともほとんど口を利かない。汗がしたたり落ちる。
「ご苦労様です」
プールの底から見上げると、校長先生が立っている。なぜか巨大なテンガロンハットを被っている。
「ご無沙汰しております」
「あとで、終わったら、あるから。ビール。ね?」
「はあ」
すこしはなれたところにいる彼女がガッツポーズをする。
「よっしゃあ!あとすこし」
膝まで捲り上げられたジャージの上のTシャツは汗と水で濡れている。透けている。とりあえずチラリと凝視して、作業に戻る。
陽が傾きだすころ、小さな飛び込み台の上、ポンプの轟音を立てて徐々に溜まっていく水面を見ながら一服しようとポケットを探る。濡れてぐじゃぐじゃのタバコを取り出し舌打ちすると、脇の彼女がくわえていたタバコを差し出す。そのまま口にくわえて吸う。
「きょうは助かったよ」
「うむ」
煙を吐く。
「このあいだのことなんだけど。わたし。やっぱり」
さえぎって、タバコをつまんだ指で水面を差し、「一番乗り、しちゃっていいかな?先生」
日に焼けて赤くなった顔をゆがませて、泣き笑いの彼女をよそにTシャツを脱ごうとする。
彼女がおれの口元からタバコを取り上げて、吸う。吐く。白い歯がかがやく。
「ま、許可します」

David Hockney "A Bigger Splash." (1967)